うちのイベントで、何度も立ち会ってきた場面がある。
向かいの男性は、誰が見ても感じがいい。話も合うし、笑顔もやわらかい。なのに彼女の口から、ぽろっとこぼれるんだよね。「前の人は、こういうとき先に気づいてくれてさ」。あぁ、また始まったな…(笑)。悪気なんて一ミリもない。目の前の相手を見ているようで、まなざしの先にいるのは、もうここにいない誰か。男性のほうも、なんとなく察するんだ。今日の自分、誰かと比べられてるなって。
過去の恋愛を引きずってる自覚って、本人がいちばん持ちにくいものなのかもしれない。
引きずる人には、なんとなく似たサインが出る。別れた相手の話題が、聞かれてもいないのに会話へちょいちょい混ざる。新しく出会った人の良いところより、足りないところに先に目がいく。あの人にはあったのに、この人にはない、っていう引き算で相手を眺めるクセ。深夜、なんの脈絡もなく昔のトーク履歴を遡って、ふと顔を上げたら外が白んでる…なんてのも、あるある。中には、出会う前からもう及び腰の人もいてさ。どうせまた同じように傷つくんでしょ、って。期待しないことで、先回りして自分を守ってる。
ここまでで、ちょっとドキッとした人もいるかもね。
前にこんな場面があった。連絡先を交換した男性が、翌日きちんとメッセージを送ってきた。律儀で感じのいい文面だったらしい。なのに彼女の第一声が、元彼はもっとマメだったな、だったんだ。送ってくれた事実より、足りない部分が先に立つ。これが引き算のクセの正体でさ。目の前のプラスが、過去のマイナスでかき消されちゃう。
そこに拍車をかけるのが、まわりの動きだったりする。友だちが次々と結婚して、SNSには指輪の写真。自分だけ時間が止まってる気がして、胸の奥がじりじりしてくる。早く誰かと、ちゃんとしなきゃ。その気持ちが、傷の癒えないうちに次へと走らせるんだ。痛いほどわかるよ。でも、急いだぶんだけ、すれ違いも増えるんだよなぁ。
焦って来た人って、会場でもどこか上の空でさ。目の前の会話より、ここで結果を出さなきゃっていう圧で、頭がいっぱい。その必死さは、悲しいけど相手にも見抜かれる。ガツガツして見えちゃって、かえって遠ざかる。なんとも切ない話だよね。
肝心なのは、ここから。引きずってる相手って、実はその人そのものじゃないことが、びっくりするほど多い。
うちのサークルに半年通ってくれた女性がいた。仮にカナさんとしておく。別れて一年経つのに、元彼の話になると目が潤む。本人も、彼が忘れられないんだと思い込んでた。ところがある晩、ぽつりと言ったの。「彼が好きっていうより…あの頃の私が、いちばん私らしかった気がする」。これ、核心だなと思った。
失った恋を惜しんでいるようで、ほんとうは失った自分を探してる。
恋人がいた頃の自分は、毎晩誰かから連絡をもらって、休日の予定が埋まって、未来の話を当たり前にしてた。それが一気に消えると、相手を失っただけじゃなく、自分の輪郭までぼやけていく。私って何が好きだったっけ。週末、誰と何して笑ってたんだろう。そのスカスカした空白を埋めたくて、つい過去へ手が伸びる。心理学で愛着と呼ばれる仕組みがあって、人は安心できる結びつきを失うと、慣れ親しんだ古いつながりへ戻ろうとするらしい。新しくて不確かなものより、終わってるけど勝手のわかる過去のほうが、痛いのに安全に感じる。やっかいだよね、ほんと。
もうひとつ、見落としがちなものがある。引きずってるのは相手じゃなくて、その人と思い描いた未来のほう、ってことも多いんだ。一緒に行くはずだった旅行。なんとなく話してた将来。彼が消えると、その未来図ごと宙ぶらりんになる。人を失った悲しみに見えて、その実、消えた予定表を惜しんでたりする。だから相手への気持ちが落ち着いても、なかなか足が前に出ないんだよなぁ。
しかも記憶って、わりと平気で嘘をつくんだ。
時間が経つほど、楽しかった場面ばかりがふわっと浮かんで、しんどかった現実は奥へ押し込まれていく。バラ色の回想、なんて呼び方もある。別れ際にぶつけ合ったひどい言葉はすっぽり抜け落ちて、初デートで見た夕暮れの色だけが、やけに鮮明に残ってたりする。思い出の中の彼は、なぜか欠点だけ角を丸くされて、やたら優しい人に書き換わってる。だから次に出会う生身の男性が、どうしても見劣りして映る。比べてる相手が、もうこの世にいない理想版なんだから、勝てるわけないじゃん。
新しい恋に進めない人の正体、たいていここにある。
目の前の人と、元彼を比べてるんじゃない。目の前の人と、美化された幻を比べてる。前者なら勝負になる。後者は、最初から詰んでるんだよね(泣)。
もうひとつ、現場でハッとした発見があって。
引きずる女性を、男性は重いからって理由で避けてるわけじゃないんだ。うちのイベントで何人もの男性と話してきたけど、彼らが本当にきついのは、自分が誰かの代わりとして扱われること。比較対象として品定めされてる空気って、不思議とちゃんと伝わる。その逆で、過去を抱えてても目の前の自分をまっすぐ見てくれる女性には、みんな安心して心をひらいてた。傷があること自体は、なんの問題でもない!引っかかるのは、その傷で相手を採点しちゃうとき。ここ、世間のイメージと真逆だったりするから、覚えておいて損はないと思う。
自分がなぜ引きずるのか、その正体がうっすら見えてくると、新しい恋への詰まりも少しほどけてくる。原因が、相手そのものじゃなく、自分の空白や記憶のクセにあるとわかれば、打つ手が変わるからね。
別れの痛みを早く消したくて、とにかく次、次、と出会いを焦る人も、たくさん見てきた。
早く忘れたいもんね。うん、それはごく自然なこと。でも、上書き保存みたいに新しい恋で塗りつぶそうとすると、だいたい空回りする。心の置きどころが定まらないまま誰かと付き合っても、ふとした拍子に元彼の影がよぎるから。相手の何気ない一言で、ずるずると過去へ引き戻される。結局、新しい人を本気で見ないまま、なんとなく立ち消え。で、また自分を責めちゃう。このループ、ぐるぐる回り出すと、抜けるのにけっこう骨が折れる。
まわりも、よかれと思って、早く次いきなよ、って背中を押してくる。その言葉で動ける日もある。でも、心がまだ追いついてないのに足だけ前へ出ると、つまずくんだよね。急かされて始めた恋ほど続かなかった、そんな人が何人もいたなぁ。
おもしろいもので、口で「もう完全にふっ切れた」って言う子ほど、まだ途中だったりするんだよなぁ。
カナさんと同じ時期に来てた別の女性は、会うたびに元彼の悪口で笑い飛ばしてた。あんなやつ最低、せいせいした、って。でも、その語り口がやけに滑らかでさ。何度も練習した台本みたいだったんだ。怒りで蓋をしてるだけで、悲しみのほうには一度も触れていない感じ。怒れているうちは、まだその人に強くつながってる。皮肉だけど、ほんとうに無関心になるまでは、案外まだ遠い。
じゃあ、ちゃんと前へ進んだ人は、何が違ったんだろう?
カナさんがやったのは、元彼を無理に嫌いになることでも、急いで次を探すことでもなかった。まず、終わった恋をちゃんと悲しみ切ったんだ。泣きたい夜は、我慢せず泣いた。納得のいかない別れだったから、言いたかったことをノートに全部書き殴ったらしい。送りはしないやつ。区切りって、相手からもらうものだと思い込みがちだけど、案外、自分で打つしかないものなんだよね。
それと、元彼にもらったものを、捨てずにひと箱へまとめて押し入れの奥へしまったらしい。無理に処分しなくていい。ただ、毎日目に入る場所からは、どかす。視界から消えると、頭の中での占有スペースも、じわじわ下がっていくんだ。
そのうえで、新しい人を元彼の物差しで測るのを、すっぱりやめた。
これがいちばん効いたんだと思う。あの人にはあった、を一回だけ封印してみる。かわりに、この人といる時の自分はどうだろう、へ意識を移していく。胸が高鳴るかどうかより、一緒にいて呼吸が浅くならないか。素のまま笑えてるか。判断の基準を、過去の誰かから、今の自分の感覚へごっそり持ち替えたわけ。半年後、カナさんはイベントで出会った男性と付き合い始めた。元彼より背は低いし、気も利かないって笑ってたっけ(笑)。でも、あんなに穏やかな表情、それまで見たことなかったな。
完璧に忘れてから次へ、なんて順番じゃなくていいんだ。むしろ、まだ少し痛むまま、新しい人とごはんに行ってみる。その席で、あ、私いま元彼のこと考えてなかった、って瞬間がぽつぽつ増えていく。忘れてから動くんじゃなくて、動くうちに薄れていく。
恋活というより、自分の世界を広げたくて来ました、って言う女性もいた。最初は元彼を引きずってる素振りもあったけど、回を重ねるごとに、新しく始めた趣味の話で目を輝かせるようになってさ。誰かの彼女としてじゃなく、ひとりの自分として、楽しそうだったんだ。そういう人のまわりには、自然と人が寄ってくる。気づけば、何人かの男性が彼女と話したがってた。
どのくらいで楽になるのか、決まった答えはない。半年で笑える人もいれば、二年かかる人もいる。そこに優劣なんてないんだ。思い出して、たまにきゅっと胸が痛むくらいは、ずっと残っていい。問題になるのは、その痛みが今日の出会いまで濁らせてしまうとき。過去を懐かしむのと、過去に住み続けるのは、似ているようで、まるで別の場所だからね。

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