イベントの片付けをしていた夜、会場の隅で三十代の男性に呼び止められた。手にはぬるくなったハイボール。
彼女に何をあげても、喜んでくれないんです。
誕生日にバッグを贈ったらしい。彼女はありがとうと言った。それだけ。包装紙を丁寧にたたんで、鞄にしまった。
俺、地雷を踏んだ…?
社会人サークルを続けていると、この相談は季節の風物詩みたいに巡ってくる。クリスマス前、誕生日前、記念日前。プレゼントの気配がすると、必ず誰かが困った顔で寄ってくるんだよね。
遠慮じゃない。たぶん、それは本音です
駆け引きでそう言う女性は、僕が見てきた範囲だとかなりの少数派。 いらないは、だいたい本当にいらない。
ただし一種類だけ、例外がある。ここを読み違えると、優しさのつもりが相手を静かに削っていく。
なぜ男性はこれほど戸惑うのか。 値段という共通言語が、いきなり通じなくなるからです。
三万円のプレゼントは、五千円より気持ちがこもっている。この換算式、便利でしょ。金額に置き換えれば、愛情の量が目に見えるから。
じゃあ俺は、何を差し出せばいいんだ
戸惑いの正体は、贈り物選びの迷いじゃない。自分の価値をどう証明すればいいのか分からない、という足元のぐらつきのほう。
もうひとつ、あまり言われない話。 高いものを買ってあげたい気持ちの何割かは、贈る側の承認欲求だったりします。彼女にいいものを持たせている自分。それを断られると、誇りを置く場所がなくなる。
それと、もっと厄介なやつがいる。 物欲の薄い人は、感情の起伏まで小さく見えることがあるんです。渡しても飛び跳ねない。写真をSNSにあげたりもしない。
もしかして、俺への気持ちも、そんなに強くない…?
愛情の目盛りが、読めなくなる。 ただ、目盛りがないわけじゃない。別の場所についているだけなんだよね。
現場で見てきた、五つのタイプ
何百組と見ていると、ブランドに関心のない女性は、ざっくり五つに分かれる。
価値観型。 モノに使わないだけで、旅と食にはためらいなく出す。財布の紐が固いのではなく、紐の向きが違う。バッグは五年目のノーブランド、でも年に二回はひとりで京都へ行く。そういう人。
没頭型。 関心が別のジャンルに全振りされている。カメラのレンズに十五万払うのに、服は三千円で平気。推しの遠征費は惜しまないのに、化粧品は駅前の薬局で買う。物欲がないんじゃない。物欲の照準が、他人に見えない方向を向いているだけなんだよね。
アンチ見栄型。 持ち物で人を測る空気そのものに、うんざりしている。ブランドの話題になると、少しだけ目線が落ちる。反発というより、疲労が混じっている感じ。
男性陣が腕時計の話で盛り上がった夜があった。値段の当てっこ。ひとりの女性が、すっと席を立ってドリンクを取りに行った。戻ってきたのは、話題が変わってから。 あれは逃げたんじゃなくて、降りたんだと思う。
演出型。 数は少ない。でも、いる。物欲のない私、を見せている人。人の目があるときだけ、いらないと言う。 見分けるのは、そんなに難しくない。ふたりきりになると、話の中身が変わるから。
そして、我慢型。 これが、さっきの例外です。
経済学者のヴェブレンが百年以上前に書いた顕示的消費という考え方がある。人はモノで自分を語る。ブランドは、他人に読ませるための記号なんです。 その記号を使わない人は、読み取られにくい。だから誤解される。ここが、話をややこしくしている出発点。
恐縮する人ほど、本当は欲しがっている
我慢型は、欲しい。でも、欲しいと言えない。
クリスマスの交流会に来ていた女性が、まさにそうだった。彼氏からもらったネックレスの話をしながら、三回、ごめんねと言ったらしい。こんな高いのに、ごめんね、と。
もらった直後の反応って、けっこう正直に出る。 価値観型は、あっさり喜んで、普通に使う。 我慢型は、まず恐縮する。あとから、こっそり値段を検索したりね。箱に入れたまま、しまい込む人もいる。 喜びより先に、申し訳なさが来てしまうんです。
社会心理学に返報性という考え方がある。人は何かを受け取ると、返さなきゃという気持ちが自動で立ち上がる。この感覚が強すぎる人にとって、高額な贈り物はずしっと重い。 好意が、負債として届く。
手がかりは、質問でも取れます。 今までもらって、いちばん嬉しかったものは。 価値観型は、すぐ答える。手書きの手紙、旅先で拾った石、みたいな具体が出てくる。 我慢型は、少し詰まる。それから、全部嬉しかったよ、と笑う。 その笑い方が、ちょっとだけ早い。
さっきの二人、半年後に別れた。 別れ際、彼女がぽろっとこぼしたそうです。
本当は欲しかった。でも欲しいって言ったら、重い女だと思われる気がして。
我慢型の物欲のなさは、満たされた結果じゃない。諦めが習慣になった結果。 何も要求しない人は、何も要求されない人として扱われていく。その積み重ねが、自分の値打ちを静かに下げていくんだよね。
どこから来るのか。家庭の事情のこともあれば、過去の恋愛のこともある。 欲しいと口にしたとき、相手が一瞬だけ面倒くさそうな顔をした。その記憶が一度でもあると、人はもう言わなくなる。 彼女が悪いわけじゃない。ただ、放っておくと、ふたりのあいだに見えない借金が積み上がっていく。
やってはいけないこと、三つだけ
高額なもので押し切る。これは負債を積むだけ。
値段に触れる。これ結構したんだよ、というひとことが、贈り物を請求書に変えてしまう。
三つめ。二次会の席で、ある男性が彼女を褒めるつもりで言った。 うちの子、安上がりでいいんですよ。
テーブルの空気が、ざわっと動いた。 彼女は笑っていた。目は笑ってなかった。
コストとして扱われた瞬間、人は静かに扉を閉める。あの夜のことは、今でもはっきり覚えてる。
なんでもいいよ、を突破する
何が欲しい、と聞くと、なんでもいいよ、が返ってくる。 これ、意地悪じゃないんです。本当に思いつかない。ブランドという選択肢の棚を持っていないから、頭の中に候補が並ばないだけ。
聞き方を変えると、答えが出る。 最近、なくなって困ってるものある。 この質問、当たりが多い。ハンドクリーム。いい紅茶。玄関の電球。生活の穴は、本人がいちばんよく覚えてるからね。
値段が透けないもの。使えば消えてなくなるもの。自分では後回しにするけど、あると毎日ちょっとだけ楽になるもの。 この三つが重なると、たいてい喜ばれる。
三千円のハンドクリームが、五万円のバッグに勝つ日がある。 というか、けっこうある。
ブランド以外の通貨は、ちゃんとある
値段の見えない贈り物のほうが、実は難しい。相手を見ていないと、確実に外すから。
冒頭の男性と、半年後のイベントで再会した。彼女とはまだ続いていた。何を渡したのか聞いてみたら、有給を取って、彼女の実家の犬の散歩に付き合ったという。
それ、プレゼントか…
正直、そう思った。 でも彼女は、その話を友達に三回したらしい。バッグの話は、一度もしなかったのに。
時間。手間。記憶。言葉。優先順位。 この五つが、ブランドに代わる通貨になる。
時間は、いちばん誤魔化しがきかない。忙しい人ほど、ここで嘘がつけないから。 手間は、面倒くささの量。終電を逃した彼女を、深夜に駅まで迎えに行く。それだけ。 言葉は、褒めることじゃない。気づくこと。髪切ったね、じゃ足りなくて、そのピアス、去年の旅行で選んでたやつだ、と言えるかどうか。 優先順位は、休みの日を誰に使うか。カレンダーは、口より正直なんだよね。
なかでも記憶が効く。半年前に彼女がなんとなく口にした、あの古本屋また行きたいな、というひとこと。それを覚えていて、次の休みに組み込む。 金額はゼロ。でも、見ていなければ絶対にできない。
ブランドという鎧を持たない人は、素のまま人前に立っている。 だから雑に扱われると、モノではなく人格が削られる。ここ、けっこう見落とされてる。
で、結婚相手として理想なのか
婚活寄りの交流会で、こんな声を聞いたことがある。 彼女、ブランドとか全然興味ないんで。結婚向きだと思うんですよね。
言った本人は、まっすぐ褒めているつもりだった。悪意はゼロ。 ただ、その言い方には、相手の中身がひとつも入っていなかった。安く済む人。そう聞こえてしまう。 隣にいた彼女が、ほんの少しだけ黙ったのを覚えている。
お金がかからない女性は結婚に向いている。この計算式で選ぶと、そこそこの確率で外します。
物欲がないという同じ見た目でも、その由来が違えば、結婚してからの景色はまったく別物になるから。
価値観型と没頭型は、安定しやすい。使う場所が決まっているだけなので、家計の話も普通にできる。数字が出てくるし、貯める話も嫌がらない。
厄介なのが、我慢型。 反動は買い物では出ないんです。感情で出る。
私ばっかり我慢してる。
この一文が、ある日ふわっと食卓に落ちる。本人にも、いつから溜まっていたのか分からない。要求してこなかった人ほど、要求ではなく怒りの形で噴き出す。
じゃあ我慢型とは結婚できないのか。そんなことはない。 やることは、びっくりするほど地味です。
小さな希望を、聞き続ける。今日の夕飯、何が食べたい。この週末、どこ行きたい。 最初は、なんでもいいよ、しか返ってこない。半年くらい、ずっとそれ。 それでも聞く。要求する練習を、生活のなかで積ませてあげる。
一年経ったころに、ぽつりと出るんです。 ラーメン、食べたいかも。 それが出たら、もう大丈夫。
もうひとつ、見落とされがちな落とし穴。 無欲ではなく、無関心なケース。
ブランドに興味がない。ついでに、貯金にも保険にも、将来の設計にも興味がない。 物欲がないのに、なぜか残高が増えない。
実際にいました。三十代前半、身につけているものは全部ノーブランド。物欲ゼロ。ただ、貯金もゼロ。給料がどこへ消えたのか、本人にも説明できない。 外から見れば、堅実な人。中身は、真逆。
物欲がない人と、お金に関心がない人。この二つ、遠目にはまったく同じ顔をしている。 倹約家に見えるほうが、たちが悪い。結婚後にいちばん困るのは、じつはここだったりする。
焦らず、静かに見ておきたいこと
使わない人ではなく、どこに向いている人なのか。 食か、旅か、趣味か、家族か。ゼロの人はいません。向き先がまるで見えないときだけ、少し立ち止まる。
お金の話をしたときの表情も、わりと出ます。 普通に話せるのか、しゅんと黙ってしまうのか。黙るなら、そこに何かある。贈り物をしたときに、恐縮が先に来るのか、喜びが先に来るのか。 我慢型を見分ける、いちばん手前の入口がここ。
将来の話で、数字が出てくるかどうか。 何歳までにいくらの会話ができる人は、物欲の有無に関係なく、お金と向き合えている。
欲しがれない側にも、伝えたいことがある
欲しいと言うのは、わがままじゃないんです。相手に、あなたを喜ばせるチャンスを手渡す行為。 何もいらないと言い続けると、相手は手ぶらになる。手ぶらの人は、だんだん来なくなってしまう。
高いものじゃなくていい。 今日は、あの店の唐揚げが食べたい。それくらいでいいよ。

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