イベントの二次会。居酒屋のいちばん端の席で、二十代後半の女性がハイボールを半分残したまま、ぽつりとこぼした。彼氏には女のマブダチがいるらしい。悪い子じゃないのはわかってる、と何度も繰り返してた。それでも二人で飲みに行くと聞いた瞬間、胸の奥がざわっとしたそうだ。
そのあとの質問が、ちょっと忘れられない。
マブダチって、友達なんですか。それとも友達以上なんですか。
言葉の意味を聞いているようで、知りたいのはそこじゃない、自分は一番なのか、確かめたいのはそこ。
マブは本物、ダチは友達。くっつけると熱量が跳ね上がる
マブという語は江戸期の隠語までさかのぼるとされていて、本物、真実、混じり気のないもの、といった意味を持っていた。まぶいという形容詞が上等だという含みで使われていた名残もある。ダチのほうは友達を縮めた俗語で、戦後の若者言葉として広まった流れ。
合わせると、本物の友達。
シンプルすぎて拍子抜けするでしょ。ただこの言葉が世に出回ったのは不良文化や漫画、テレビドラマの影響が濃くて、そのせいで辞書的な意味以上の熱っぽさがべったり付着した。ふつうの友達より一段上、というニュアンスね。ここが今も人をざわつかせる原因になってる。
親友、ダチ、相棒。並べると温度がまるで違う
親友は静かな言葉。長い時間をかけて積み上がったものを、あとから振り返って名づける響きがある。声に出すとき、なぜか少し照れくさい。
ダチは軽い。飲みの席で隣に座ってる人を指せるくらいの距離。
相棒になると、同じ目的で動いた記憶が要る。仕事仲間やバンドメンバーの口からよく出るのはそのせい。
盟友やソウルメイトあたりまで行くと、今度は重すぎて日常会話から浮く。
交流会で、初対面同士に仲のいい人の呼び方を聞いてみたことがある。親友と答えた人は、たいてい一人か二人しか名前が出てこない。マブダチと答えた人は、五人以上ずらっと挙げる人もいた。上下じゃなく、密度と広がりの違いだったのかもしれない。
そしてマブダチだけが、宣言に近い。自分から言い切るタイプの言葉なんだよね。だから異性に向けて放たれると、受け取った側は解釈に困る。格上げされたのか、恋愛の枠から丁寧に外されたのか。
死語かどうかは、だいたい年齢で割れる
サークルの参加者を眺めていると、四十代前後の人はためらいなく使う。学生時代に浴びるほど聞いた世代だから、口が覚えてるっぽい。
二十代はどうかというと、半分ネタ。ズッ友のほうが自然に出てくるし、マブダチと言うときはうっすら笑いが混じる。完全に消えた言葉というより、真顔で使うと世代がバレる言葉、という位置におさまってる。
意外だったのは、それをおじさんっぽいと切り捨てる若い子が少数派だったこと。むしろ言い切る潔さが可愛い、という反応が多かった。使ったら痛いんじゃないかと心配してる人、そこまで身構えなくていいよ。
SNSではまた別の顔をしてる。投稿のタグで見かけるマブダチは、関係の深さの証明というより、写真の空気を軽くするラベルに近い。本気の親友を語りたいときほど、みんな言葉を選ぶんだよね。名前を出さずに長い文章を書く、あの感じ。無意識の使い分けが起きてるのがちょっとおもしろい。
男が女に、女が男にこの言葉を使うとき
男性が女性へ向けて使うケースは、見てきたかぎり三つの温度に分かれた。
ひとつめは、本当に恋愛感情がないパターン。この人たちは言い方が雑。人前でも平気で口にするし、男友達との扱いに差がない。
ふたつめが、好意を隠しているパターン。関係を壊したくないから、先に安全な札を切っておく。告白の逆をやってるんだよね。逃げ道の確保。これが厄介で、口では友達だと言いながら、他の男の影がちらつくと露骨に機嫌が傾く。
みっつめは、様子見。相手の反応を測るために置いてみただけ。マブダチと言われて嬉しそうにしたのか、しゅんとしたのか。じっと観察してる。
女性が男性に使う場合は、もう少し輪郭がはっきりしてることが多い。恋愛対象から外したうえで、それでも失いたくないから格上げしておく。切り捨てじゃなくて囲い込みに近い。悪気は本当にない。ただ受け取る側からすると、これがいちばん残酷に響くんだわ。
三十代の男性参加者が、まさにここでハマってた。二年通った相手からマブダチ認定されて、その日のうちに諦めようとして、結局一年ずるずる引きずったらしい。褒め言葉の顔してぐさっとくるんですよね、と苦笑いしてたのが印象に残ってる。
言われた側は、言葉じゃなく行動を見たほうが早い
意味を何度読み返しても答えは出ない。かわりに三つの動きを見るといい。
二人きりで会えるかどうか。誘って断られないなら、少なくとも枠は閉じきってない。
他の異性の話をこちらに振ってくるかどうか。恋愛相談を持ち込んでくる相手は、たいてい本気で友達の棚に置いてる。
連絡が来る時間帯。深夜にどうでもいい話が飛んでくるなら、距離は言葉より近い。
この三つが全部そろって好意的なら、マブダチは通過点。逆に全部が事務的なら、言葉どおり受け取ったほうが後々ラク。
恋人をマブダチと呼ぶのはアリなのか
付き合ってる相手に向けてこの言葉を使う人、思ってるより多い。長続きしてるカップルほど口にする傾向がある。
言われた側の反応はきれいに割れた。恋人として見られてないみたいで寂しい、という声と、熱が落ち着いたあとも残る関係だと言われた気がして嬉しかった、という声。
差を生んでたのは、その一言が出た場面だった。喧嘩のあとや記念日みたいな節目で飛び出すマブダチは、強い肯定として届く。反対に、スキンシップをかわした流れで出てくると、距離を置く合図として読まれてた。
言葉そのものじゃなく、どこに置かれたか。ここで意味がひっくり返る。
恋人に異性のマブダチがいる。あのモヤモヤの正体
ここからが本題。冒頭の彼女みたいな相談、体感でいちばん多い。
嫉妬に関する研究では、この感情は関係が脅かされているという知覚から立ち上がるとされている。おもしろいのは、実際の脅威の大きさと必ずしも比例しない点。その関係の中で自分がどれくらい安心できているか、そちらに強く引っ張られる。
つまりモヤモヤしているとき、疑ってるのは相手の行動じゃない。自分の位置なんだよね。
一番じゃないかもしれない。あの人といるときのほうが素なんじゃないか。はぁ…と天井を見上げる夜に頭を回ってるのは、だいたいこれ。
心が狭いという話じゃないよ。長い付き合いの友人には、恋人が絶対に手に入れられない共通の記憶がある。十八歳の頃の顔を知ってる、みたいなやつ。時間だけは後から買えないからね。そこに揺れるのは自然な反応。
もうひとつ言うと、この不安は相手のスペックではあまり動かない。可愛いから怖い、格好いいから怖い、ではないんだよね。自分といるときの彼が、その人といるときより疲れて見える。そういう小さな比較が積もったときに膨らむ。冒頭の彼女も、女性の顔立ちの話は一度もしなかった。気にしてたのは、二人で笑ってた写真の空気だけ。
危ういサインと、放っておいていいサイン
注意したほうがいい関係には、共通点があった。
まず、隠す。会ったことを事後報告にする、あるいは言わない。やましさがあるから伏せるわけで、ここは素直にサインとして読んでいい。
次に、紹介したがらない。ただの友達なら、会わせても困る理由がないはず。避けるということは、二つの顔を使い分けている可能性がある。
もうひとつ、その友人の側に恋人がいるかどうか。相手にもパートナーがいて四人で会える関係なら、揺れる余地は小さい。お互い独り身で深夜のやり取りが続いてるなら、話は別。
反対に、気にしなくていいケースもはっきりしてる。学生時代からの付き合いで、恋人の存在を隠さず、あなたの話を友人にもしている。会うのは年に数回、連絡もイベントごと。この形はまず崩れない。
飲み会で、彼女がいるのに毎回同じ女性の隣を確保する男性がいた。昔からの友達だと本人たちは言い張る。ところが彼女の話題が出た瞬間、空気がすっと硬くなる。あれは友達の座り方じゃなかったな。三ヶ月後、案の定こじれた。会わせられるかどうかは、想像以上に正直な指標だと思う。
サークルから結婚まで行ったカップルがいてね。彼女には十年来の男友達がいた。彼氏、最初は当然おもしろくない顔をしてた。でも結婚式でその友人が泣きながらスピーチしてるのを見て、あ、こういうことかと腑に落ちたんだって。今では三人で飲みに行くらしい。
男女のマブダチが長続きする条件
観察していて気づいたのは、崩れない関係にはたいてい一度の揺れがあること。過去にどちらかが好きになって、ちゃんと着地させてる。何もなかった二人より、はるかに安定してる。
もうひとつが、恋愛の話題をその関係の外に置けているか。互いの恋人の相談を持ち込み合う二人は強い。逆に、恋愛の話だけ避けて通るペアは、どこかで火が出る。
そして、恋人を含めた三人の関係に開けるかどうか。ここを閉じたままだと、いつか選ぶ場面が来る。
十五年もつれずに続いてる男女ペアが一組いてね。理由を聞いたら、大学のときに一回だけ告白して振られてるからだと。あの日で線が引かれたので、もう迷いようがないんですって。当時は死ぬほど恥ずかしかったらしいけど(泣)今となっては、あの失敗がいちばんの保険になってる。曖昧なまま置いた関係のほうが、実は脆いんだよなあ。
抱え込んだ人がやりがちな失敗
一人で悩むと、たいてい探偵になる。相手のSNSを遡って、フォロー欄を確認して、いいねの時間を数える。やったことある人、けっこういるっしょ。
厄介なのは、安心できる材料が出てきても翌週にはまた不安が戻ってくること。確認する行為そのものが、不安を太らせる燃料になってる。
もうひとつが遠回しな当てこすり。楽しそうでいいねー、みたいなやつね。伝わらないうえに空気だけ重くなる。言いたいことがあるなら、まっすぐ短く渡したほうが結果的に傷は浅い。
責めずに伝えるには、主語を動かす
不安をそのままぶつけると、まず失敗する。あの子とはもう会わないでほしい、と言った瞬間に、相手は自分の人間関係を否定された気になるから。守りに入って、話は前に進まなくなる。
うまくやってる人たちは、主語を相手じゃなく自分に置いてた。
会うのが嫌なんじゃなくて、聞いてないと不安になる。会う前に一言あると安心する。
これだけ!要求ではなく、自分の状態の共有として渡す。責められていないぶん、相手も受け取りやすい。感情を先に置いてから行動の話へ移る順番は、カウンセリングの現場で使われる伝え方とも重なる。
タイミングも案外きいてくる。会った直後に切り出すと、どうしても詰問の色が乗る。何日か置いてから、機嫌のいい日にさらっと。信じてないわけじゃないと最初に一言添えられた人は、ほぼ揉めずに着地してた。
言い方を練習してから話した男性もいたな。頭の中では完璧だったのに、本番でめちゃくちゃ噛んだらしい(笑)でも噛んだおかげで真剣さが伝わったとかで、結果オーライだったって。
もう一歩進めるなら、会わせてもらうのが早い。実物を見ると、想像の中で膨らんでいた悩みがふわっとしぼむ。彼女も結局そうした。三人で焼肉に行って、帰り道に、なんであんなに悩んでたんだろって笑ってたらしい(笑)

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