イベントの片づけをしていた夜のこと。その日いちばん場を回してくれた女性が、椅子を重ねながらぽつりと言った。私、たぶん一生この役なんですよね、と。
さっきまで初対面の八人を全員しゃべらせていた人ですよ。しかも自分の話はほとんどしてない。そこで悩んでたのか、とこっちが固まった。
社会人向けのイベントサークルを何年か回していると、この手の場面に何度もぶつかる。場を明るくできる人ほど、帰り道でひとりになった瞬間にすとんと落ちる。表向きの評価と、内側の実感がまったく噛み合っていない。
コミュ力おばけって、どこからそう呼ばれるのか
言葉としては、人並外れた社交性を持つ人を指すネットスラング寄りの呼び方。定義がきっちりあるわけじゃない。ただ現場で見ていると、受付から二十分でだいたい判別がつく。
沈黙を怖がらない。自分の話題の在庫が多いんじゃなくて、相手の中から話題を引き出すのが速い。誰と誰が噛み合っていないかに、幹事より先に気づいてる。飲み物を取りに立った人の分までさりげなく運んでくる。名前を覚えるスピードも異常。
こういう人が一人いるだけで、初対面だらけの二時間が別物になる。運営側としては、正直めちゃくちゃ助かるんだよね。
ここで見落とされがちなのが、この能力の出どころが人によってまるで違うということ。
ひとつは天然型。人が好きで、しゃべるのが単純に楽しい。疲れにくい。
もうひとつは訓練型。接客や営業で鍛えられて、技術として身につけた。オンとオフの切り替えができるぶん、まだ持ちこたえる。
問題は三つめの過剰適応型。空気を読まないと安全じゃなかった環境で、防御として磨いてしまったパターン。家庭だったり、部活だったり、学生時代の人間関係だったり。この型の人は、社交性がスキルじゃなくて生存手段になってる。だから降りられない。
恋愛でしんどくなるのは、圧倒的に三つめ。
得はしてる。ただ、同じ量だけ削られてる
幹事を頼まれる。紹介を頼まれる。職場でも重宝される。誰からも嫌われない。ここまでは事実として得。
一方で、悩みを打ち明けようとすると、あなたなら大丈夫でしょ、で会話が終わる。ざわざわした二次会の隅で、それを言われた瞬間の顔を何度も見た。笑ってるんだけど、目が一瞬だけ落ちる。
明るい人は心配されない。これがきつい。SOSの出し方を、そもそも習得する機会がなかった人も多い。
それなのに、恋愛だけが動かない
友達は多い。飲み会にも呼ばれる。連絡先も増える。なのに彼氏はできない。この落差が本人をいちばん混乱させる。
観測してきた範囲で、つまずき方は五つに分かれていた。
場を回す側から降りられない
イベント中、彼女はずっと立っている。座らない。誰かの前に座って一対一になった瞬間、また別のテーブルの空気が気になって腰を浮かせる。
恋愛って、委ねる側に立つ時間がないと進まない。相手に決めさせる、相手に喜ばせてもらう、相手のペースに乗る。この受け身の時間を、回す側の人はほぼ持てないまま終わる。
回してる本人に自覚はない。むしろ楽しんでる。ただ、そのあいだ誰も彼女を口説けない。
先回りしすぎて、自分の好意が置いてけぼりになる
気になる人がいても、まずその人が誰と話したがっているかを考えてしまう。あの人シャイだから同じ趣味のあの子と繋げてあげよう、みたいな判断が反射で出る。
で、自分でセッティングした席を、自分で離れる。
後日ぽつんと連絡が来る。あの二人、付き合ったらしいですよ、と。……いや、あなたが好きだった人ですよね、それ。
いい人として完成してしまう
隙がない、と言われた経験を持つ人がとにかく多い。
隙って要するに無防備さのことで、無防備は傷つけられる可能性とセットになってる。だから作れない。作らないんじゃなくて、作り方を忘れてる。
完璧に感じのいい状態で仕上がってしまうと、相手が入り込む余白が消える。何かしてあげたい、支えたい、という気持ちが相手側に発生しないまま、いい人という評価だけが固定される。
誰にでも同じに見えるから、相手が確信を持てない
男性側から相談を受けることもあって、内容はだいたい同じ。あの人、優しいけど自分にだけじゃないですよね、と。
これは男性の自信のなさの問題でもあるんだけど、現実として脈が読み取れない。基準になる普段の態度がすでに高すぎて、差分が見えないんだよね。
結果、告白されない。誘われない。何も起きない。
断られる前に、自分から平らに戻す
いちばん静かで、いちばん多いパターンがこれ。
少し距離が近づくと、こわくなる。それで冗談を挟んだり、友達っぽい話題に切り替えたり、あえて他の人を会話に呼び込んだりして、温度を元に戻す。
拒絶されるくらいなら、自分で終わらせたほうが痛くない。頭ではわかってても、やっちゃうんだよなぁ。
コミュ力の問題じゃなくて、開示の釣り合いの問題
心理学に社会的浸透理論という考え方がある。アルトマンとテイラーが提唱したもので、人間関係は話題の幅と深さが少しずつ広がることで親しくなっていくとされる。玉ねぎの皮を一枚ずつめくるようなイメージで語られることが多い。
ここで効いてくるのが自己開示の返報性。片方が少し内側を見せると、もう片方も同じくらいの深さを返す。この往復で距離が縮む。
心理学者のアーロンが行った実験では、初対面同士が段階的に個人的な質問を交わすことで、短時間でも親密さが高まったと報告されている。深さを合わせて交換することが、関係の温度を上げたわけだ。
コミュ力おばけの会話は、この往復が片側に偏りやすい。相手の話を引き出すのがうますぎて、自分の内側がほとんど出ない。相手は満足して帰るけれど、彼女のことを何も知らないまま。
好かれてはいる。ただ、好かれているのは機能している彼女であって、彼女自身じゃない。この感覚がじわじわ効いてきて、何年もかけて自己評価を削っていく。
素を見せたら離れていくという確信は、たいてい検証されないまま残ってる。試したことがないから、反証も手に入らない。
現場で流れが変わった人がやっていたこと
三十代前半、広告代理店勤務の女性。うちのイベントには一年以上、ほぼ皆勤で来ていた。当然のように幹事側、当然のようにモテない。本人いわく、告白された記憶が学生時代で止まってるらしい。
ある回、彼女が遅刻してきた。仕事のトラブルで、髪も少し乱れてて、開口一番、今日ほんとに無理、疲れた、と言って席に座った。いつもなら絶対に出さない顔。
その日、初めて彼女のほうが話を聞いてもらう側になった。隣にいた男性が飲み物を取りに行って、黙って置いていった。それだけ。
ぱっと空気が変わったのはその瞬間だったと思う。二人はその半年後に付き合った。
弱さを見せるといっても、重い過去を打ち明ける必要はない。今日しんどい、これ苦手、それ知らない。そのくらいの粒度で十分だった。
好意を先に出す練習をした人も伸びた。会いたい、楽しかった、また誘ってほしい。短い言葉を、加工せずに置く。回す側の人はこれが恐ろしく苦手で、最初はスタンプ一個押すのに三十分ぐるぐる悩んだと言っていた人もいる。
断ることを覚えた人も変わった。行けません、今日は帰ります、それは無理です。断ると嫌われるという前提が崩れると、相手に合わせ続ける必要も薄れていくからね。

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