合コンでも婚活パーティーでもいい。会場の隅で、妙に肩の力が抜けている男性を見たことはないだろうか。
会場に入った瞬間の空気で、なんとなく分かることがある。目が合った瞬間にすっと逸らす人、逆に必要以上に食い気味に話しかけてくる人。そのどちらでもない、ちょうどいい距離感で笑っている人が、たまにいる。表情筋が緩んでいる、と言えばいいのだろうか。名刺交換のときの姿勢とも、婚活パーティー特有の品定めの目線とも違う。必死さがない。愛想笑いでもない。ただそこにいるだけで、居心地のよさそうな空気をまとっている。話しかけてみると、大体こう返ってくる。「結婚は、もういいかなって」。
社会人向けの交流イベントを企画する立場で、このセリフを何百回と聞いてきた。最初の頃は、正直しんみりした。夢を諦めた人の言葉だと思っていたからだ。でも現場に立ち続けているうちに、それがまるっきりの誤解だったと気づかされることになる。
肩の荷が下りた、という表現が一番近いらしい。婚活歴が長かった32歳の会社員は、参加後の雑談でこう漏らしたことがある。「年収と身長と勤務先で品定めされるの、もう飽きた」。彼は結婚相談所を退会した翌週、ふらっとうちのイベントに顔を出した。何の肩書きも背負っていない状態で人と話すのが、こんなに楽だったのかと本人が一番驚いていた様子だった。今日は誰にも品定めされない。それだけで、声のトーンまで違って聞こえた。
婚活には独特の重さがつきまとう。男性側には、リードするべき、食事代は持つべきという無言の圧がのしかかり続けるし、年収や職業といったスペックで人柄より先に値踏みされる感覚もある。プロフィールの数字を毎回チェックされ、条件に満たないと分かった瞬間に会話の温度がすっと下がっていく。婚活パーティーの受付で配られる、年齢や年収が書かれたプロフィール表。あれを一枚めくるたびに、自分も同じように値踏みされているのだと実感する。数字が良ければ列ができ、悪ければ椅子だけが空いていく。何度も経験すれば、心が硬くなっていくのも無理はない。
だから「諦めた」という言葉の中身は、実は敗北宣言ではない。降りた瞬間、急に息がしやすくなる人は本当に多い。声が明るくなる。表情が柔らかくなる。服装まで変わることさえある。気合いの入ったジャケットではなく、自分が本当に着たい服で来るようになる。うちのスタッフの間でも「この人、雰囲気変わりましたね」という会話が普通に出るくらいだ。
諦めた直後の数ヶ月間、恋愛から距離を置いて自分の時間に投資する人も多い。筋トレを始めたり、資格の勉強をしたり、放置していた趣味を再開したり。プレッシャーのない時間をどう使うかで、そのあとの変化の大きさも変わってくる気がする。
この十年ほどで、こういうタイプの参加者は明らかに増えた。特別でも珍しくもない。婚活そのものには疲れきっていて、それでも人恋しさだけは消えていない。そんな男性たちが、静かに増えている印象がある。
年代によって表れ方も違う。20代でこの境地に達する人はまだ少なくて、大体は30代後半から40代にかけて増えてくる。20代で「もう結婚はいい」と口にする人の中には、単に早すぎるだけの人も混じっている気がしないでもない。一方で40代になってくると、諦めというより選択に近づいてくる。時間をかけて自分なりの答えにたどり着いた、という顔つきになるのだ。
ここが面白いところなのだけれど、結婚を降りた男性たちは、恋愛まで降りたわけではない。むしろ逆だ。イベントの参加者アンケートで「結婚願望なし」に丸をつけた男性の大半が、それでも毎月のように顔を出す。気になる相手ができれば、連絡先を交換して次のデートに繋げようとする。結婚という出口を設定しないまま、恋愛だけは続けたい人が、想像していたよりずっと多い。
聞いてみると、彼らの望みは意外とシンプルだったりする。何十年先の将来設計より、今週末を楽しく過ごせる相手。壮大な人生計画より、些細な話で笑い合える時間。求めているものが変わったというより、優先順位が入れ替わっただけなのかもしれない。
自己紹介の中身も変わる。以前なら年収や勤務先を先に出していた人が、趣味や休日の過ごし方から話し始めるようになる。就活の面接みたいだった自己紹介が、ただの雑談に近づいていく。結果を焦っていないからこそ、目の前の会話そのものを楽しめるようになるのかもしれない。
この流れを受けて、うちでも企画の作り方を変えた部分がある。プロフィールカードから年収欄を外し、代わりに好きな作品や休日の過ごし方を書いてもらう欄を増やした。数字で自己紹介する場から、会話のきっかけを作る場へ。小さな変更だったけれど、参加者の表情は目に見えて変わった。
心理学には認知的不協和という考え方がある。手に入らなかったものを「そこまで欲しくなかった」と思い込むことで、心のバランスを保とうとする働きだ。結婚を諦めた男性の何割かには、たしかにこの機制が働いているのだろう。ただ、全員に当てはまるとは言い切れない。結婚という制度そのものへの関心が薄れただけで、誰かと笑い合う時間への欲求は消えていない人の方が、体感としては多い気がする。
恋愛相談の現場でもよく言われることらしいのだけれど、人は追い詰められると本当の気持ちにすら鈍感になる。婚活を何年も頑張った末の諦めは、燃え尽きに近い状態で出てくる言葉であることが多く、数ヶ月経って心が落ち着いてから振り返ると、また違う答えが顔を出すこともあるという。諦めた瞬間の気持ちが、そのままずっと続くとは限らない。
印象に残っている参加者がいる。40歳手前のシステムエンジニアで、婚活歴は7年、疲れ切ってうちのサークルに流れ着いてきた人だった。最初の数回は正直、心ここにあらずという感じだった。会話も続かないし、目も合わない。でも「結婚相手を探す」という看板を一度完全に下ろしてから、彼の動き方は明らかに変わった。プロフィールの年収欄を気にしなくなり、代わりに趣味のカメラの話で盛り上がれる相手を探すようになった。休日の予定を聞かれても、以前は「特にないです」しか言えなかったのに、気づけば撮影スポットの話を熱く語るようになっていた。数ヶ月後、同じくカメラ好きの女性と自然な流れで付き合い始めていたと聞いたときは、こちらまで嬉しくなったのを覚えている。結婚という前提を外したことで、恋愛としての純度がむしろ上がった。
後日談を聞かせてくれる参加者もいる。半年前に結婚願望なしと申告していた38歳の男性から、久しぶりに連絡が来たことがあった。彼女ができました、しかも自分から告白したんです! 声が弾んでいるのが電話越しでも分かった。結婚という単語は最後まで一度も出てこなかった。彼にとって今大事なのは、来週末どこへ行くかということらしい。
こういう変化を何十人分も見ていると、婚活と恋愛はまったく別のスキルなんじゃないかと思えてくる。婚活は条件と条件を突き合わせる作業に近く、恋愛はもっと感覚的で、理屈で説明しにくい部分が大きい。結婚という目的を外した瞬間、後者の感覚が戻ってくる人は少なくない。
もちろん、これは全員に起きる魔法ではない。「結婚を諦めた途端に出会いが増える」という話をよく見かけるが、あれは順番が逆だと思う。出会いの数が増えたのではなく、相手を評価する物差しが変わっただけだ。スペックで足切りする恋愛から、一緒にいて楽かどうかで選ぶ恋愛へ。この物差しの変化が、結果として相手からも選ばれやすくする側面はある。肩に力の入っていない人の方が魅力的に映る、というのは恋愛心理の分野でもよく語られる話だ。
焦りは、思っている以上に相手に伝わる。会話の端々に滲むし、質問のしつこさにも出る。結婚したい気持ちそのものは悪いものではないのに、その気持ちが強すぎると、目の前の相手ではなく結婚という概念を見ているように映ってしまう。皮肉な話だけれど、欲しがるほど遠ざかるという構造は、この現場に確かにある。
女性側の参加者から、こういう男性についてどう見極めればいいのか聞かれることもある。結婚を諦めたと公言する男性は、都合よく扱われるだけの相手なのか、それとも誠実に向き合ってくれる相手なのか。現場で見ている限り、分かれ目はそこまで曖昧じゃない。話題が常に自分の話で終わる人、次に会う約束を曖昧にしたがる人は、正直あまり期待しない方がいい。連絡の頻度がこちらの都合お構いなしな人も同じだ。逆に、相手の予定や好みをちゃんと覚えていて、結婚という言葉を避けながらも半年後の話を一緒にできる人は、恋愛には本気なことが多い。結婚を諦めることと、目の前の相手への誠実さは、別の軸で見た方がいい。
初回のデートで「結婚は考えてないので」とわざわざ先に断ってくる男性もいる。予防線のつもりなのだろうけれど、これは正直、悪手だと思う。結婚の話をする前から予防線を張る必要があるということは、たぶん相手のことをまだそこまで見ていない証拠だ。本当に目の前の人へ関心が向いているなら、そんな前置きより先に聞きたいことが山ほどあるはずだから。
実際、うちのイベントで知り合って結婚まで進んだカップルの中にも、出会った時点では男性側が結婚願望なしと書いていたケースがいくつかある。女性側に聞くと、決まって似たようなことを言う。無理に距離を詰めてこなかったから、逆に安心して近づけたのだと。追われている感じがしない相手には、自分から歩み寄りやすいものらしい。
数年単位で見ていると、この先の分かれ方もいくつかのパターンに分かれる。恋人ができて、いつのまにか同棲や事実婚のような形に落ち着く人もいる。特定の相手を作らないまま、いろんな出会いを楽しみ続ける人もいる。そしてごく一部だけれど、数年経ってから「やっぱり結婚したいかもしれない」と戻ってくる人もいる。どれが正解ということはない。共通しているのは、誰かに急かされて動いているわけではないという点だ。自分のタイミングで、自分の速度で選んでいる。それだけで、以前より納得感のある顔つきになるよ。

コメント