イベントの帰り道、参加者のひとりが「また泣いてたんです」とぽつりと言った。
笑顔で交流していたさっきまでの表情とのギャップに、ちょっと胸がざわっとした。社会人イベントサークルを運営していると、こういう瞬間に何度も立ち会う。恋愛の話って、お酒が一杯入ったあたりでするりと出てくるんだよね。
彼女が話してくれた内容はこうだった。
彼氏と喧嘩するたびに泣く。泣くたびに「また自分が悪かったのかな」と思う。謝って、仲直りして、また喧嘩して、また泣く。そのループを一年半続けてきた。友達には「やめたほうがいい」と言われているけど、なぜか離れられない。あ、これ相当しんどいやつだ。
泣く回数より、泣いた後の自分を見てほしい
泣く恋愛がよくないかどうか、単純に泣く回数だけで判断しようとすると見誤る。
感動して泣く、嬉しくて泣く、そういう涙は別の話。問題なのは、傷ついて泣いた後に「自分が悪かった」という結論に自動的に着地してしまうパターンなんだよねぇ。
イベントで知り合った30代の男性が、以前付き合っていた女性のことをこう話していた。
「彼女、いつも泣いてたんです。でも泣き終わると決まって僕に謝ってきて。最初は心配してたんですけど、だんだん、泣くことで関係をリセットしてるように見えてきて。僕もどう接したらいいかわからなくなっちゃって」
加害者側から見た視点として、これはけっこうリアルな話だと思う。
泣くこと自体が悪いわけじゃない。でも泣いた後に「どうして泣いたのか」「何が嫌だったのか」を言葉にできないまま謝罪に移行する、そのパターンが問題をうやむやにし続けるんだよ。
やめるべき恋愛の泣き方、続けていい恋愛の泣き方
続けていい恋愛の中にも、つらさや涙はある。人を好きになるってそういうことだし。ただ、やめることを真剣に考えたほうがいい泣き方には特徴がある。
「泣くたびに、自分がどんどん小さくなっていく感じがする」という言葉、イベント後の個別トークで何度か聞いたことがある。そういう感覚が続いているなら、その恋愛はもう消耗フェーズに入ってる。
傷つき続けることで自己評価が削られていく状態、これが続くと「こんな扱いが普通なのかもしれない」という錯覚に入り込んでしまう。心理学の世界では、繰り返しのストレス体験が自己評価の基準をゆがめるというメカニズムが指摘されている。喧嘩して泣いた翌日、鏡を見て何も思わないなら一度立ち止まってみてほしい。
なぜ「また同じような人」を好きになってしまうのか
泣く恋愛を繰り返す人の話を聞いていると、ある共通点に気づく。
相手が違うのに、関係性のパターンが同じなんだよね。
「私、毎回こうなるんです」と言った女性がいた。20代後半で、イベントには新しい出会いを求めて来ていた。前の彼氏も、その前の彼氏も、なぜか同じようなタイプを選んでしまうと言っていて、自分でも「なんで?」という顔をしてた。
これは意志の弱さや、たまたまの偶然じゃない。
愛着理論という心理学の概念がある。幼少期に親や養育者との間で形成された「安心感の持ち方」が、大人になってからの恋愛選択に影響するというもの。不安型と呼ばれるタイプは、相手の反応に過敏になりやすく、愛されているかどうかを確認し続けるような関係性に引き寄せられる傾向がある。
つまり、不安を感じさせてくる人を「刺激的」と感じる回路が出来上がってしまっているケースがある。
ドキドキと不安が混線してる状態、と言えばわかりやすいかな。
本当に安心できる相手を「物足りない」と感じてしまうのも、この影響から来ていることが少なくない。
苦しいのに「愛されている」と感じてしまう錯覚
泣く恋愛から抜け出せない理由として、もうひとつ見逃せないことがある。
苦しいとき、人は脳内でアドレナリンやコルチゾールを分泌する。これが興奮状態を作り、感情が高ぶる。この生理的な反応が、恋愛の「熱量」と混同されやすいんだよ。
喧嘩した翌日の仲直り、謝ってくれた瞬間の安堵感。その落差が「やっぱり好き」という感情を強化する。ジェットコースターが好きな理由と、構造としては似てる。
イベントの懇親会で話してくれた女性が言っていた。
「あの人といる時だけ、生きてる感じがしてたんです。別れた後、しばらくは何もおもしろくなくて」
その言葉が正直すぎて、会話がちょっと止まった。彼女が話してくれたのは、別れてから半年後のこと。今は落ち着いているけど、当時は「あの人がいないと自分には何もない」と思っていたと言っていた。これは共依存の状態に近い。自分の感情の調整を、相手の言動に完全に委ねてしまっている状態。
「別れたい」と思えているのに動けない人へ
「わかってはいるんです。でも動けなくて」
この台詞、本当によく聞く。
動けない理由のひとつは、別れることへの恐怖が「損失」として脳に認識されるから。恋愛していた時間、注いだ感情、築いてきた関係性。それを手放すことが、自分の存在価値まで削られるような感覚になる人がいる。
イベントで出会った30代前半の女性は、「別れたら誰も私のことを必要としてくれないかもしれない、という気持ちがずっとあった」と言っていた。
見捨てられ不安、という感情の正体。これはパートナーへの愛情というより、自分に向いた恐怖だ。その恐怖が「この関係を終わらせてはいけない」という強迫的な接着剤になっている。だから、意志が弱いわけじゃない。ただ、自分の恐怖の正体を言葉にできていないまま動こうとするから、足がすくむ。
繰り返しを止めるために、まずやること
パターンから抜け出そうとするとき、多くの人は「次は違う人を選ぼう」と思う。
でも、選ぶ自分の基準が変わっていなければ、結果は同じになる。
変えるべきは行動より先に、自分が恋愛に何を求めているか、という認識だ。
「安心感」と「刺激」が混在している状態を整理することから始まる。自分が不安を感じているとき、その感情の出どころを少しだけ観察してみる。「相手が怖い」のか「自分が嫌われることが怖い」のか。
この違いを理解できるようになると、選ぶ相手が変わってくる。カウンセリングを活用する人も増えてきているし、それはひとつの選択肢として全然アリだと思う。泣く恋愛を繰り返している自覚がある人ほど、ひとりで解決しようとしてきた時間が長い。相談する勇気を持つのは大事だよ!

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