BBQイベントで、Mさんを見つけるのに少し時間がかかった。
前回は黒髪のストレートに、白いワンピース。今回はくすんだピンクのショートボブに、ごついスニーカー。
「え、Mさん!?」
思わず声が裏返ったよね(笑)
一緒に来ていた友だちは、トングを片手に口の端を上げている。
「また彼氏の影響でしょ」
Mさんは照れたように頷いていた。ところが打ち上げの帰り道、駅までの数分で、小さな声でこう言ったんです。
「私、別れるたびに空っぽになるんですよね」
(あの明るさの裏で、ずっとそれを抱えてたの…?)
胸の奥がチクッとしたのを、今でも覚えてる。
社会人イベントサークルやってると恋人ができた途端に雰囲気が変わる人、失恋して、髪をうんと短くしてくる子もいた。
パートナーの知らない一面に戸惑い、打ち上げで相談してくる人だって。本当に、いろんな変身を見てきました。
変身願望とは、別の自分を試着したくなる心理
変身願望は、今とは違う自分を求める気持ちのこと。見た目や性格だけでなく、立場まで含めて。
心の中に試着室があって、気になる服をつい持ち込んでしまう。そんなイメージが近いかな。
別人になりたい気持ちは、少数派じゃない
海外で、55か国の大学生1万3千人以上に聞いた調査があります。今まさに性格を変えようとしている人は、約6割でした。10代後半から20代の女性の7割近くが当てはまっていた。変身した経験がある人と、してみたい人を合わせた数字です。
うちのイベントの自己紹介タイムにも、毎回のようにいるんだよね。「最近ちょっとキャラ変中で」とはにかむ人が。
変化を望むのは、心が前へ進みたがっているサインでもある。そこは責めなくて大丈夫。
理想の自分と今の自分のすき間が、変身願望を生む
心理学には、なりたい自分と今の自分のズレに注目する考え方がある。ズレが大きいほど、気持ちは沈みやすい。
変身願望は、そのすき間を一気に飛び越えたい気持ちとも言えます。
その飛び越え方が、2通りあるんです。
ひとつは、今の自分に新しいものを足していく変身。もうひとつは、今の自分を消して、別人に入れ替わろうとするやり方。
足し算の変身は、人を軽くする。引き算の変身は、続けるほど心がすり減っていく。
イベント現場で見てきた限り、ここが一番の分かれ道だった。
変身願望が強い人に見られる心理的な特徴
受付でネームカードを手渡していると、見えてくるものがある。変身願望が強い人の、いくつかの共通点。
理想の自分が、写真みたいにくっきりしている
読書会イベントで、Sさんがスマホの画面を見せてくれたことがある。映っていたのは、陶芸教室で笑う年上の女性。
「1年後、こういう空気をまとった人になりたくて」
言葉にできている人の変身は、見ていて気持ちがいい。来るたびに、何かがひとつ増えているんです。姿勢だったり、話題の引き出しだったり。
理想が具体的だと、変わる方向も足し算になりやすいんだよね。
今の自分へのダメ出しが止まらない
逆のタイプもいます。
褒められても「いやいや、全然です」で会話を切ってしまう人。自分の話になると、口癖のように「どうせ」が出てくる人。
なりたい姿より、今の自分を帳消しにしたい気持ちが勝っているケースだ。
このタイプは、髪型や服をどれだけ変えても満たされにくい。試着室で何着袖を通しても、鏡に映る自分にOKが出せないから。
(いや、そのカーディガン似合ってるのに…と、何度言いかけたことか)
周りの空気を読むのが、うますぎる
Kくんは、どのイベントでも盛り上げ役を買って出てくれる人。ある日の二次会で、ウーロン茶を片手に、突然トーンを落として言った。
「イベントの時の俺、別人なんすよ(笑)。家に帰ると、しばらく動けないっす」
場の空気を読む力が強い人ほど、相手や場面に合わせて自分を着替えていく。心理学ではセルフモニタリングと呼ばれる傾向で、人付き合いの武器にもなる。
とはいえ、衣装チェンジが増えるほど迷子になる。どれが自分の服だったのか、分からなくなるんだよなぁ。
変身願望が生まれる原因
参加者の打ち明け話をたどっていくと、根っこはだいたい3本に行き着く。
愛されたい、認められたいという気持ち
「いつもの服で来たら、誰にも話しかけられない気がして」
婚活寄りのイベントの前日に、美容院と服屋をはしごしたというAさんの言葉です。
その裏にあるのは、今のままの私では選ばれないという思い込み。変身が、愛されるための入場券みたいな扱いになっている。
その日、Aさんの周りに人が集まったきっかけは、意外と地味なものでした。新調したブラウスじゃなく、実家で飼っている金魚の話(笑)
今いる場所から逃げ出したい
長い髪がトレードマークだったRさんが、ある日ベリーショートで現れた。
「前の私の写真、見るのもしんどくて」
失恋や挫折のあとに見た目を大きく変えたくなるのは、過去の自分と距離を取りたいから。区切りの儀式として、ちゃんと役に立つこともある。
ただ、逃げるためだけの変身は長持ちしない。新しい髪型に慣れた頃、置いてきたはずの気持ちが追いついてくるんだよね。
自分の世界を広げたい
恋愛心理学には、恋人の視点や趣味を取り込んで自分が広がる、という見方がある。その広がる感覚こそ、恋の喜びのひとつだという。
恋人の好きな映画で泣いたり、行ったことのない街を歩いたり。知らなかった自分に出会うのは、純粋に楽しい。
この欲求から生まれる変身願望は、足し算そのもの。厄介なのは、広げているつもりが、いつの間にか削られていた…というパターンです。
付き合う人によって変わってしまうのはなぜか
Mさんの話に戻ります。
その前に、ひとつ白状しておくね。運営の私も、昔は好きな人に合わせてサッカー観戦に通い詰めたクチ(泣)。オフサイドの意味は、いまだに怪しい。
恋人の好みが、そのまま自分の好みになっていく
後日、Mさんとゆっくり話す機会があった。
前の彼とは毎週のように音楽フェス。その前はカフェ巡り。今はキャンプ道具を少しずつ集めている。
「どれも楽しかったんです。でも、私が最初に好きだったものって何だっけ、って」
恋人のプレイリストで、部屋がいっぱいになる。自分の好きだった曲は、一曲も残っていない。そんな状態なんだよね。
場面や相手で顔を変えること自体は、珍しくない。若い女性の半数ほどが、相手次第で自分を切り替えると答えた調査もある。
問題は、別れた瞬間に、帰る場所にしていた自分が見当たらなくなること。
嫌われたくない気持ちが、本音を黙らせる
「嫌って言ったら、終わっちゃう気がして」
あの時のMさんの言葉は、正直言って他人事に思えなかった。
関係を守るために、自分の気持ちを喉の奥にしまい込む。心理学ではこれを自己沈黙と呼び、気分の落ち込みとの関わりも調べられてきました。
見捨てられたくない不安が強いと、服も口調も、相手の好みへ流れていく。休日の過ごし方まで。
本人は優しさのつもりでも、気づけば自分の声だけが小さくなっていく。
良い変化と危ない変化は、増えたものと減ったもので見分ける
恋愛による自分の変化を、4つの方向で整理した研究があります。良いものが増える、悪いものが減る、良いものが減る、悪いものが増える。この4つ。
Tくんの話をさせてください。彼女の影響でキャンプを始め、その後に別れた。それでも彼はキャンプをやめなかった。
今では、うちのサークルでキャンプ企画の幹事までやってくれています!恋で、好きなものが増えたパターン。
Mさんは反対側にいた。恋人ができるたびに、手持ちの好きが減っていった。
変わった自分にモヤモヤするなら、書き出してみてほしい。その恋で増えたものと、減ったものを。
減った欄ばかり埋まっていくなら、要注意。それは変身というより、自分が目減りしている合図かも。
恋人に変身願望があるとわかったとき
変身願望は、自分の中だけの話で終わらないこともある。パートナーの側にあると知って、足元が揺れる人もいます。
女装もコスプレも、あなたへの不満が理由とは限らない
秋のワインイベントの打ち上げで、Yさんに呼び止められた。
「はぁ…ちょっと聞いてもらっていいですか」
付き合って2年になる彼の部屋。クローゼットの奥に、女性ものの服が何着か掛かっていた。問い詰めると、週末にひとりで女装を楽しんでいると打ち明けられたという。
「まさか、と思いました。心臓がバクバクして、最初に浮かんだのが、私に魅力がないからかなって」
(こういう時、真っ先に自分を責めちゃうもんなぁ…)
恋人の変身願望の出どころは、あなたの魅力とは別の場所にあったりする。
日常の役割から降りて、息をつきたい。普段は出せない一面を、表に出してみたい。単純に、着飾るのが楽しいという人もいる。
異性装をする人の性的指向や性自認はさまざまで、服の好みだけで決まるものじゃない。ここを混ぜてしまうと、話は一気にこじれます。
見た目を変えると、振る舞いまで変わる。アバターを使った研究でも、その傾向は確かめられてきた。SNSやゲームで別キャラを持つ恋人も、地続きの話です。
まず聞いて、それから線を引く
Yさんがその後にしたのは、責めることじゃなかった。
「何が楽しいの?」と、まず聞いたそうです。返ってきたのは、平日の自分から一度離れると、月曜からまた踏ん張れるという答え。
そのうえで、受け入れられることと、本音ではしんどいことを分けて伝えた。趣味としては尊重する。デートの場に持ち込むのは、今はまだ難しい。
場所や頻度、誰に話すかといったルールを二人で決めておくのも、ひとつの手。
友だちに相談したくなる気持ちは、痛いほどわかる。でも、本人の同意なく性に関わる話を広めると、アウティングにあたる場合もある。打ち明けるなら、守秘義務のあるカウンセラーを選んでほしい。
どうしても納得できない時は、価値観の違いとして話し合えばいい。片方だけが我慢し続ける形は、結局どちらも苦しくなるから。
Yさんと彼がこの先どうなるのかは、わからない。少なくとも、この前のイベントで見かけたYさんは、肩の力が抜けた顔をしていた。
変わりたい気持ちを、自分の味方にするために
変身願望は、消さなくていい。向ける先を変えるだけで、味方になってくれるから。
消したいものより、足したいものを書き出す
変わりたくなったら、まずノートに2行だけ書いてみる。消したい自分と、足したい自分。
消したい側の欄は、放っておくといくらでも長くなる。だからこそ、足したい側から手をつけるのがコツ。
前髪を少し変える。気になっていたボルダリングの体験に申し込む。小さな足し算は、失敗しても元に戻せるのがいいところだよね。
変えないものを、先に決めておく
Mさんは最近、変えないものリストを作ったらしい。
先月のイベントに、彼女は黄色いスニーカーで来た。誰とも付き合っていなかった頃から、ずっと好きだった一足。
「これだけは、誰と付き合っても履くって決めたんです」
(なにそれ、ちょっとかっこよすぎない…?)
変えない部分が決まっていると、変わる部分を楽しめる。港があるから、船は遠くまで出られる。それと同じなんだよね。
理想の自分を、一緒に彫り出してくれる相手を選ぶ
恋人同士が、互いを理想の自分へ少しずつ彫り出していく。心理学では、これをミケランジェロ現象と呼びます。
相手が、あなたのなりたい姿を信じて、そっちへ背中を押してくれる関係。そういう恋では、本人の満足度も高くなりやすいと報告されている。
一方で、あなたを相手好みの形に彫り直そうとする人もいる。服装を細かく指定してくる。要望に応えないと、露骨に不機嫌になったり。
そんな相手との変身は、あなたの理想じゃなく、相手の理想に向かっているのかも。

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