社会人のイベントサークルをやってると、二次会の帰り道や、参加者同士のLINEで、妙にリアルな相談が飛び込んでくることがある。
「実は彼に避妊してほしいってずっと言えてなくて」
そして数ヶ月後、できちゃった婚の報告が来る。
これ、珍しい話じゃない。うちのイベントに来る女性参加者の中で、できちゃった婚を経験した人、または「あの時そうなりかけた」という人は、思っているよりずっと多い。そして彼女たちの話を丁寧に聞いていくと、ある共通したパターンが浮かび上がってくる。
なぜ彼氏は避妊しないのか、本当のところ
男性が避妊を嫌がる理由として「感度が下がる」「面倒くさい」という話はよく聞く。それはまあ、否定しない。ただ、イベント現場で男性参加者と話し込んでいると、もう少し根っこにある話が出てくることがある。
30代前半のある男性参加者がこんなことを言っていた。
「なんか、避妊って言われると試されてる感じがしてヤになるんすよね。信頼されてないのかなって」
え、それ逆じゃない?と思いつつ、彼の言葉はたぶん正直だったと思う。避妊を求めることを、女性側からの「信頼の欠如」として受け取ってしまう男性が、実際に存在する。これは特殊なケースではなく、性教育がほぼ機能してこなかった日本において、ある種の典型パターンとも言える。
愛情表現の歪み、とでも言えばいいか。愛しているからこそ何も隔てたくない、という感覚が、避妊拒否に直結してしまう回路。
一方で、もっとドライな理由もある。「妊娠したら結婚すればいいじゃん」という、ある意味でとても無防備な思考回路。リスクを甘く見ている、というより、そもそもリスクを自分ごととして捉えていない男性は、正直かなりいる。
妊娠が自分の体の問題じゃないからこそ、リアルに想像できない。これは悪意ではなく、想像力の問題だったりする。だから「なんで避妊しないの!」と怒っても、彼らには本当にピンときていないことが多い。
断れない女性心理の正体
「断れなかった」という言葉の裏に、何があるのか。
うちのイベントで知り合い、その後交際を始めた女性から相談を受けたことがある。彼女は「断ったら嫌われそうで」と言いながら、スマホをぎゅっと握りしめていた。指の関節が白くなっていたのを今でも覚えてる。
嫌われる恐怖、というのは思っているより強力だ。特に、やっと好きな人と付き合えた序盤だったり、相手が少し強引なタイプだったりすると、Noと言うことへの心理的コストが跳ね上がる。
恋愛心理の文脈でいうと、これはアタッチメント理論と絡む話でもある。不安型の愛着スタイルを持つ人は、パートナーに嫌われることへの恐怖から、自分のニーズを後回しにしやすい傾向がある。「断ったら関係が終わるかも」という予期不安が、身を守る行動より関係維持を優先させてしまう。
でも、これはその女性が弱いとか流されやすいということじゃない。
人間関係における力のバランスが非対称になっているとき、弱い立場にある側の人間が自分を守る選択をするのは、思っている以上に難しい。それは意志の問題ではなく、関係性の構造の問題だ。
「断れない自分がダメ」と自己嫌悪に向かいがちだけど、本当に問題なのは「断れない状況を作っている関係性のあり方」のほうだったりする。
できちゃった婚、後悔する人としない人の分岐点
できちゃった婚を経験した女性に話を聞くと、後悔している人とそうでない人の間に、妊娠判明時の相手の反応という、ひとつの明確な分かれ目があることに気づく。
後悔している人のほとんどが言うのは「妊娠を告げたとき、彼が困ったような顔をした」ということ。
うちのイベントで結婚した後に参加してくれている女性がいる。彼女はできちゃった婚で今は子どもが2人いて、イベントのスタッフとして手伝ってくれている。彼女が言っていたのはこうだ。
「妊娠がわかったとき、彼が一瞬固まったんですよ。でもその後すぐ『俺、ちゃんとするわ』って言って、次の日には両親に挨拶しに行くって言いだして。あの速さ、今でも信じてる理由のひとつです」
ぱっと動く人間かどうか。言葉より先に、体が動くかどうか。
逆に後悔している女性たちが口にするのは「最初から流されてた感じがしていた」という言葉だ。避妊を求めても流された、妊娠を告げても他人事みたいな反応をされた、結婚の話も自分から切り出すことになった。全部のピースが「私が動かされる側だった」という感覚に繋がっていく。
妊娠で繋ぎ止めるという話
「もしかして、わざと?」と思うような状況、実際にある。
イベントで知り合ったカップルで、女性側が「彼が逃げそうだったから」と後に打ち明けてくれたケースがあった。妊娠したことで彼が留まった。でも彼女は「幸せか?」と聞かれると一瞬ためらった。はぁ…って息をついてから「まあ、一緒にいられてるし」と言っていた。
妊娠を関係の固定手段として使う、というパターンは、意識的にやっている場合もあれば、無意識に「もし妊娠したら逃げられない」という計算が働いている場合もある。どちらにしても、それで始まった関係は、どこかで歪みが出やすい。
愛着不安が強い人ほど、「妊娠で繋ぎ止める」という行動に向かいやすいというデータもある。これは責める話ではなく、根っこにある不安を見ないままにしていると、子どもが生まれた後も同じパターンが繰り返されやすいということを知っておいてほしい。
「好きだから産む」と「流されて産む」は、どこが違うのか
この二つ、外から見ると区別がつかないことがある。本人でさえ曖昧なことがある。
でも決定的な違いは、決断のプロセスに自分がいるかどうかだと思う。
流されて産む、というのは「彼がそう言うから」「両親に言ってしまったから」「もう手遅れな気がして」という、自分の外側からの圧力によって気づいたら決まっていた状態のことだ。
好きだから産む、は自分の意志がその中心にある。不安でも怖くても、それでも自分がこの人と歩みたいという選択がある。
うちのイベントで出会って結婚したカップルで、できちゃった婚のケースが何組かある。そのうち今も仲良くやっているカップルに共通しているのは、妊娠発覚後に「産む?どうする?一緒に考えよう」という会話が、ちゃんとあったことだ。
ぐちゃぐちゃな夜もあったと思う。でもその混乱を二人で抱えたかどうか、そこに差がある。
避妊をお願いするための、言いやすい入り口
「切り出し方がわからない」という人が本当に多い。
正直、タイミングと文脈さえ合えば、難しい会話じゃない。関係が深まりかけている段階で、感情が落ち着いているとき、「将来のこととか、ちゃんと二人で決めていきたいから」という文脈で話すのが一番スムーズに入りやすい。
責めるトーンではなく、一緒に決める感覚に乗せること。「なんでしないの」より「お互い安心したいよね」の言い方のほうが、相手の防衛反応を引き起こしにくい。これは感情コントロールの問題ではなく、言語の設計の話だ。
それでも聞いてくれない相手なら、それ自体がひとつの情報だ。自分の身体に関することを、自分が求めても尊重してもらえない。その事実をまっすぐ見ることのほうが、長い目で見ると意味がある。
自分を守ることは、冷たいことじゃない
避妊を求めることを「水を差す行為」だと感じてしまう人がいる。雰囲気を壊す、気持ちが冷める、そんな感覚。
でもちょっと待ってほしい。
自分の体と人生に関わることに、ちゃんと意見を持って伝えること。それは冷たさじゃなくて、対等でいようとする姿勢だ。そしてそれを受け取れる人間かどうかが、長く一緒にいられるかの指標になる。
うちのイベントで何百組ものカップルの誕生を見てきた立場から言うと、関係の序盤に自分の意見を言えた人ほど、長続きしやすい。嫌われることを恐れてNOと言えなかった人ほど、どこかで膿が出る。
「断ったら嫌われる」という怖さは本物だけど、断っても嫌わない人間を選ぶことが、本当の意味での相手選びだったりするから。
できちゃった婚を迫られたとき、自分に問うべきこと
今まさにそういう状況にいる人へ。
感情と事実を一回分けてみてほしい。
彼のことが好きか。それは事実か感情か。産む覚悟があるか。それは自分の意志か、周囲への流れか。彼はあなたの不安を聞ける人間か。それを確認する機会は、今まであったか。
ざわざわした感覚の正体は、だいたいこの辺にある。
答えを急がなくていい状況ならば、急がないことそのものが判断だ。どう転んでも、自分が納得して決めたことは後悔しにくい。他人の流れに乗って決まったことは、後々じわじわと体に残る。
そしてもし今、避妊について話し合うことすらできない関係なのだとしたら、その関係の地盤はどこにあるのか、立ち止まって考える価値がある。
できちゃった婚を選んだ人を責めたいわけじゃない。それで幸せになった人を何人も知ってるし、そのルートが間違いだとも思わない。ただ、流れに押されたまま気づかなかったことで、ずっと消化しきれないものを抱えている人も、同じくらい見てきた。
避妊を求めること、自分の意志で決断すること、この二つは別々の話のように見えて、根っこでつながっている。自分を主語にして生きられるかどうか、という話だ。
ちょっとダサくても、空気を壊しても、「ちゃんとしてほしい」と言える人間でいること。それが結果的に、自分を大切にしてくれる相手を引き寄せることになる。まあ、そう信じたくなるくらい、現場でそういうシーンを見てきたんだよね。

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