去年の冬、社会人サークルで鍋パーティーをやったときのこと。
テーブルの隅で、ひとりの女性が白菜としいたけを箸の先でそっと取り皿の端に寄せていたんだよね。誰にも気づかれないように、でも確実に。
この人、今日ずっと緊張してるな
隣に座って少し話したら案の定でした。きのこと生野菜が全然ダメで、大人なのに恥ずかしいですよね、と笑いながら、目だけ笑っていない。29歳、事務職。恋愛は三年止まったまま。理由を聞いたら、食事デートが怖いから、だって。結婚は最初から視野の外だった、とも。
偏食で気持ち悪いと思われないか不安な人。恋人の偏食にモヤモヤしている人。別々の悩みに見えて、イベントだと同じテーブルに座っていることがけっこうあります。どちらの悩みも、掘っていくと食べ物じゃないところに根っこがあった。
偏食は本当に気持ち悪いと思われているのか
現場で嫌われるのは偏食ではなく食べ方の態度
イベントでも偏食が理由でその場の空気が冷えた瞬間を何度も見ました。冷えた原因を思い返すと、食べられない物の数じゃない。
BBQで、焼けた野菜を皿ごと隣へ押しやって、俺は野菜食べないんで、と言い切った男性がいました。声が大きい。悪気はない。周りの女性陣の表情が一瞬でゾワッと固まったのを、今でも覚えています。
同じ日の別のテーブル。ピーマンが苦手な女性は、焼く前に「ピーマンだけ抜いてもらってもいい?他は全部いける!」と先に言って、代わりに肉を焼く係を引き受けていた。誰も気にしていない。むしろ焼き係として株が上がっていたくらい(笑)。
食べられない量はたぶん同じくらい。違ったのは、周りの人の食事を止めたかどうか、それだけなんです。
嫌悪感という感情は、もともと腐った物や危ない物から身を守るための反応で、食べ物と強く結びついています。人の食べ方に気持ち悪いと反応してしまうのは、性格の問題というより、感情の仕組みとして起こりやすいもの。なので当事者側は、食べられないこと自体で嫌われる、と思い込まなくていい。周りが反応しているのは、たいてい態度のほう。偏食は恋愛の欠点というより、靴のサイズに近いんですよ。合う店と合う人を選べばいいだけで、足を恨む必要はないでしょ。
食べると気持ち悪くなるのは甘えじゃない
それと、当事者の人に知っておいてほしいことがある。
飲み会イベントで、苦手なトマトを頑張って一口食べて、そのまま静かにトイレへ消えた男性がいました。戻ってきたとき顔が真っ白で。落ち着いてから話を聞くと、子どもの頃から生トマトを口に入れると喉の奥が勝手に閉じて吐き気が来る、とのこと。気合いが足りないってずっと言われてきたけど、気合いでどうにかなったことは一回もないっす、と苦笑いしていました。
味覚だけの話じゃない。食感や匂いに対する感覚の敏感さ、嘔吐反射の強さ、過去に無理やり食べさせられた記憶。大人になっても食べられる物が極端に少ない状態には、回避・制限性食物摂取症という名前がついていて、治療の対象として扱われることもあります。全員に当てはまるわけではないけど、意志の弱さで片づけられてきた人ほど、身体の反応だと知るだけで少し楽になるようです。彼はその後、消化器の病院と心療内科に相談へ行ったらしい。診断がどうこうより、自分を責める材料がひとつ減ったのが大きかった、と。
現場で気づいた、当事者側の小さなクセの話も。偏食の人は、まだ何も言われていないうちから先に謝る。すみません、面倒くさいですよね、を初対面で三回言われると、相手のほうが負い目を感じ始める。謝罪が相手に借りを作らせてしまう。本人は防御のつもりでも、まさか相手が気まずくなっているとは思っていない。
恋人に偏食を伝えるタイミングと言い方
初デートで隠すと、あとが苦しい
鍋の女性の話には続きがあって。
イベントで知り合った男性と初デートに行ったんです。イタリアン。サラダもきのこのパスタも美味しいと言いながら半分残して、帰りの電車で涙目になっていたと後日聞きました。
なんで最初に言えなかったんだろう、私…
本人いわく、帰りの電車の中はこれ一色。二回目の誘いも断ってしまったんだって。バレるのが怖くて。
恋愛心理の分野では、自己開示には返報性があると言われています。こちらが弱みを先に見せると、相手も何かしら見せてくれやすくなる。隠し事があると、その返報が起きないまま、相手には何となく距離を感じる、だけが残る。偏食を隠すコストは、食事一回分では済まないんですよね。
同棲まで隠し通した人も知っています。一緒に住み始めて二週間で、彼が作った料理を毎回半分残す理由を問い詰められて、そこで初めて打ち明けたケース。彼の一言は、なんでもっと早く言ってくれなかったの。責められたんじゃなくて、信用されていなかったことにへこんだ、というのが彼の側。偏食そのものより、隠されていた事実のほうが刺さる。相手にはね。
実際にうまくいった伝え方
うちのイベント発でカップルになった人たちに聞き回って、共通していた伝え方があります。
ひとつは、店を決める段階で言うこと。当日のテーブルで言うと相手を困らせるけど、事前なら選択肢を一緒に考えられる。魚が苦手だから肉かパスタの店だと嬉しい、この一文で足りる。
それから、食べられる物の多さを添えること。ダメな物を並べるんじゃなくて、他は全部いける、という言い方。相手が受け取る印象がまるで違うわ、これ。
あとは、謝りすぎないこと。ごめんね、は一回でいい。
鍋の彼女は、次に会った別の男性に、初回の店決めの時点で正直に伝えたそうです。返事は、じゃあ焼肉にしよ、俺も肉がいい、の一言。肩の力がホッと抜けて、その場で笑ってしまった、と本人。二人はいま同棲三か月目。
彼氏や彼女の偏食が気持ち悪いと感じてしまう人へ
気持ち悪さの正体を三つに分けてみる
今度は、恋人の偏食が受け入れられない側の話。気持ち悪いと感じてしまう自分に罪悪感がある人、意外と多い。心が狭いのかな、と。
イベントに来た34歳の男性。半年前、偏食の彼女と別れたばかりでした。最初は自分の器の小ささを責めていたけど、話を聞き込んでいくと、本当に嫌だったのは食べ物じゃなかった。
作ったカレーににんじんが入っていたというだけで、マズい、なんで入れたの、と言われた。レストランでは注文のたびに店員へ細かく確認して、待たせている間ずっと無言。友人との食事会で、皆が頼んだ料理を気持ち悪いと評されたときは、さすがに席を立ちたくなったらしい。
俺の料理が否定されたんじゃなくて、俺が否定された気がしたんすよね
この一言に全部詰まっていました。
気持ち悪さを感じたとき、それが好き嫌いの多さに対してなのか、食べ方のマナーに対してなのか、周りへの態度に対してなのか、いったん分けてみてほしい。好き嫌いだけなら、慣れと工夫でどうにかなる範囲。マナーと態度は別で、そこは食べ物じゃなく、その人との関係そのものの問題として扱っていい。器が小さいわけじゃないっしょ。
気持ち悪い、と一瞬思ってしまうことと、その人を大切にできないことは別。感情は勝手に湧く。どう扱うかだけが、選べる範囲なんです。
結婚前に見極める五つの基準
現場で長続きしているカップルと、別れたカップルを見比べて、線が引けそうな基準が五つあります。
ひとつ目、食べられない物を先に言えるか。黙って残す人より、先に言う人のほうが、一緒に暮らす側の負担が圧倒的に軽い。
ふたつ目、他の人が食べている物にコメントしないか。自分が食べない物を人が食べていることまで否定し始めると、食卓全体が息苦しくなります。
みっつ目、作ってもらった料理に感謝が出るか。食べられなくても、作ってくれてありがとう、これは無理でごめん、が言えるかどうか。ここが言える人と言えない人で、同棲後の食卓の空気は別物。
よっつ目、相手の親や友人の前で振る舞いを調整できるか。家では自由でも、外では場に合わせようとする姿勢が見えると安心できます。
いつつ目、少しずつでも試す気があるか。治す必要はない。一口だけ試してみる、切り方を変えたら食べられた、みたいな小さな動きがあるかどうか。これがある人とは、十年後の食卓が想像できるんですよね。
五つ全部そろう人はそうそういません。三つあれば十分だし、ひとつもないなら正直言って、食べ物じゃなく人柄の話になってくる。
偏食カップルの食事、実際どうしてる?
デート編、店選びは半分ずつにする
順調なカップルはだいたい、店選びを交互にしています。今日は彼が食べたい店、次は彼女が安心できる店。偏食側がずっと遠慮する形になると、遠慮している側から疲れていきます。
偏食の人は店選びを相手に任せがちなんだけど、任された側は何の情報もないまま地雷を踏むことになる。結局それで気まずくなったデートを何組も見てきました。任せるなら、ダメな物のリストだけは最初に渡しておく。それだけで相手は選べる。
注文は、偏食側が自分で言うのがコツ。恋人に代弁してもらうと、相手は毎回気を使うことになるから。ネギ抜きでお願いします、を自分の口で言えるようになった時点で、かなり関係が楽になったという声が多かったなぁ。
同棲編、作り分けルールを決める
同棲三か月目の彼女のところは、こんなルールにしていました。
メインは同じ物を作る。副菜だけ、彼女が食べられない物は彼の分にまとめて盛る。足りない日は彼女が自分で一品足す。作った人に文句は言わない。
シンプルすぎ?でも、これでケンカがゼロになったって。
料理をする側が一番つらいのは、作った物を残されることじゃなくて、残される理由が分からないこと。だから何がダメで何なら食べられるか、冷蔵庫に紙を貼っているカップルもいました。ちょっとダサい!なのにめちゃくちゃ機能してる(笑)。
作る側から出た本音もあって。毎回相手に合わせて作ると、自分が食べたい物を忘れていくんだよ、と。週に一日は、相手のことを考えずに好きな物を作る日にしているんですって。その日、偏食側は口出しせずに自分で何か用意する。お互いの食べたい気持ちを、どちらかが耐え続けない決まり。結婚は視野の外だと言っていた彼女が、いまは週末の献立を二人で相談しているのが、地味にすごい変化。
義実家編、先に一本電話を入れておく
魚が食べられない彼女が、彼の実家へ初めて挨拶に行ったときの話。海の近くの家で、お母さんは魚料理が得意。前日の夜は、はぁ…と、ため息ばかりついていた、と後で本人が白状していました。
彼がやったのは、事前に母親へ電話を一本。彼女は魚が身体的に受けつけなくて、吐いてしまうくらいなんだ、好き嫌いじゃないから魚以外で何か用意してもらえると助かる。それだけ。
お母さんの返事は、先に言ってくれて助かったわ、当日残されるほうが悲しいもの。テーブルには唐揚げと煮物が並んでいて、彼女は泣きそうになりながら食べたんだとか(泣)。
義実家で偏食がこじれるのは、当日にバレるパターン。前もって、好き嫌いではなく体が拒む話であることと、それ以外は何でも食べられることを伝えておけば、相手の親も準備ができる。あの電話が二人の関係で一番大きかったかも、と彼女は言っていました。
子育て編、親の偏食は子どもに伝わるのか
これはうちの卒業生カップルでも、まだ答えが出ていないところ。
親の偏食がそっくり子どもに移る、と決まっているわけじゃない。ただ、食卓で親が特定の食べ物を嫌そうにしていると、子どもがそれを避け始める傾向はあるみたい。偏食側の親が、私は食べないけどこれ美味しいらしいよ、と言えるかどうかで、だいぶ変わるんじゃないかな。
食べられない親が、食べられないままで子どもの食を狭めない工夫。それができるかは、五つの基準でいう、他人の食事にコメントしないか、と同じところにつながっているんだよね。
それでも無理なら、別れていい
偏食を理由に別れるのは薄情か、という相談もよく受けます。
食卓は毎日の話で、一生の話。そこにどうしても嫌悪感が湧くなら、我慢し続ける未来のほうが、お互いにとって残酷かもしれない。34歳の彼は別れた後、うちのイベントで、何でも美味しそうに食べる女性と出会って、いまは週末に一緒に市場へ買い出しに行く仲になっています。悔しいけど、幸せそうだったわ〜。

コメント