サークルの打ち上げで、忘れられない光景がある。
三十代前半の男性が、向かいの女性の皿をチラッと見た。彼の皿はとっくに空。相手はまだ半分残っている。スマホを開いて、閉じて、また開いて。指がテーブルをトントン鳴らしはじめた頃には、四人席の空気がなんとなく重くなっていた。
後日、その彼から連絡が来た。
「食べるのが遅い人、俺には無理かもしれません」
声のトーンが沈んでる。続けて一言。
「こんなことでイラつく自分、心狭いですよね」
はぁ…って、電話越しにため息が漏れてた(泣)
この相談、ほんとに多いんだよね。イベントを何年もやってると、季節を問わず同じ話がやってくる。しかも相談してくる人ほど、だいたい優しい。イラついた自分に、自分でダメージを受けてる。
イラつくのは器の大きさと関係ない
待ち時間にストレスを感じるのは、ごく普通の反応です。心が狭いとか、そういう話じゃない。
ただ、原因が待ち時間そのものかというと、そこは怪しいんだよなぁ。
同じ人を何度も観察していると分かる。仕事終わりの疲れた日は、五分の差でイラッとくる。休日の昼にゆっくり集まった日は、三十分待っても平気な顔をしてる。相手も店も変わってないのに、反応だけが変わるわけ。
揺れているのは相手の速度じゃなくて、こっちのコンディションのほう。ここを取り違えると、相手を直そうとする方向に力が向かってしまう。そして、たいてい失敗する。
待たされているのは時間じゃなく、見通し
心理学で言う予測可能性というやつがある。人はかかる時間の長さより、いつ終わるか分からない状態に強くストレスを感じる。行列に並ぶとき、待ち時間の表示があるだけで気分が違ってくるのと同じ理屈。
食事もこれ。あと何分で終わるのか読めない。次の予定に間に合うのか分からない。この宙ぶらりんがモヤモヤの正体だったりする。
サークルの二次会でも、時間を口に出した瞬間に空気が変わる場面を何度も見てきた。二十二時に出ようと最初に共有しておくだけで、誰も相手の皿を見なくなるんだよね。速度は一ミリも変わってないのに。
イラつきやすい人には共通点もある。仕事で分刻みのスケジュールを回している人、予定を詰めて動く癖がある人。時間を管理する筋肉が育っている分、管理できない時間に敏感になる。優秀な人ほど食事でイライラしがち、というのは現場で何度も見た傾向です。
それ、遅さじゃなくて音かもしれない
二十代後半の男性が、彼女との食事がしんどいと相談してきたことがあった。話を掘っていくと、どうも様子がおかしい。
「遅いのが嫌なんですよね」
「うん。待ってる間って、何が一番きつい?」
「…音、ですかね。カチャカチャって食器が鳴るのと、咀嚼の音」
ぐさっと来る答えだった。彼が反応していたのは速度じゃなく、音。
特定の生活音に強い不快感や怒りが湧く反応は、ミソフォニアと呼ばれています。咀嚼音、鼻をすする音、ペンをカチカチ鳴らす音。本人の意思とは無関係に、体のほうが先に反発する。耳の性能ではなく、脳がその音をどう処理するかの個人差として研究が進んでいる領域です。
ここ、けっこう救いになる。原因が音なら、相手のペースを変える必要がゼロなんだよ。BGMがしっかり流れている店にする。テラス席を選ぶ。並んで座る。それだけでイライラが半分以下になった人を、私は何人も見てきた。
反対に、原因が音なのに速度の話として相手に伝えると、こじれる。相手は急ぐ努力をする。それでも音は消えない。二人とも疲れて、なんで分かってくれないのという顔で見つめ合うことになる。最悪のすれ違いじゃん。
遅い側にも、ちゃんと事情がある
食べるのが遅い人を見ていると、理由はほんとにバラバラ。
胃腸が弱くて一度に入る量が少ない人。噛む回数が多い癖がついている人。人前で口を大きく開けるのが恥ずかしくて、一口を小さく切っている人。子どもの頃に食事を急かされ続けて、食卓そのものが緊張の場になってしまった人もいた。
サークルの女性メンバーがぽつりと漏らした一言が、今も残ってる。
「家族に早く食べろって言われ続けて、食べるのが怖くなった時期があったんだよね」
速度は性格じゃない。体質と、育ってきた食卓の記憶が混ざったもの。だから根性で変わるものでもないし、変えたところで本人の中に何も残らない。
急かされる側は、何を言われたと感じているか
急かされたとき、頭に浮かぶのは早く食べようという意識じゃないんです。だいたいこう。
私といる時間、つまらないのかな。
これがきつい。速度への指摘のつもりでも、受け取る側には自分そのものへの評価として届く。ざわっと胸が冷える感覚、経験ある人には分かると思う。
しかも緊張すると、さらに食べられなくなる。喉が詰まったようになって、噛む回数が増えて、余計に遅くなる。急かされるほど遅くなるという、地味に厄介な悪循環。
直したほうがいいのかな、と悩む人も多い。判断の目安はひとつでいい。自分が困っているかどうか。会食で毎回残してしまってつらいなら、食べやすい料理を選ぶところから調整する価値はある。でも困っているのが相手だけなら、あなたが自分を削って合わせる話じゃない。
彼氏の前だけ食事が苦しくなっているなら、速度を上げる練習より先に、その場をどう変えるかを考えたほうがいい。無理にかき込む習慣は体に負担をかけるし、食事の時間が怖い時間に変わっていくのは避けたいところ。食べること自体がつらい感覚が続くようなら、心療内科や専門の相談窓口を頼る道もあります。
それと、ため息をつかれる。舌打ちされる。人前で食べ方を笑われる。こういうのが繰り返されているなら、速度の問題として引き受けなくていい。伝え方のほうに問題があります。
やりがちな地雷
無言でスマホを触りはじめる。これが一番刺さるやつ。責める言葉より、興味を失われた合図として届いてしまう。
先に食べ終えて、腕を組んで待つ姿勢。圧が強すぎ。
ため息。本人は無意識でも、相手はきっちりカウントしてる。
そして、早く食べなよ、の一言。速度を上げても褒められることはないので、相手からすると終わらない試験を受けている感覚になる。
相手を直さずに済ませる方法
コース料理を避ける。運ばれてくるタイミングに縛られるほど、二人の差が目に見えてしまう。取り分ける形式のほうが圧倒的に楽。
横並びの席を選ぶ。カウンターだと相手の皿が視界に入らない。それだけで待ち時間の体感がガラッと変わる。
食後の予定を先に決めておく。あと何分で出るのかが共有されていれば、見通しが立って、皿を見る回数が減る。
自分の食べる速度を落としてみるのも手。一度やってみると分かるけど、噛む回数を増やすと満腹の感じ方まで変わって、待つ時間そのものが消える。
食事をデートの中心に置かないという発想もある。展示を見てから軽くつまむ、歩いてからカフェに寄る。食事だけで二時間を埋める組み合わせより、はるかに楽です。
うちのイベントでも、着席の食事会より歩き回る企画のほうが、初対面同士のトラブルが少ない。テーブルに向かい合って固定されると、相手の一挙手一投足が視界から逃げられなくなるんだよね。
どうしても伝えたいときの言い方
速度の話をしない。これが鉄則。
次の予定があるから、この時間には出たい。事実だけを置く。相手を評価する言葉を混ぜないのがコツ。主語を相手にした瞬間、指摘が人格の話に化けます。
音が苦手なら、正直に言ったほうがいい。ただし相手のせいにしないこと。自分は食器の音に敏感で、静かな店だとしんどくなる。そう伝えれば、どこの店にしようかという相談に変わる。責める会話にならずに済む。
サークルきっかけで結婚したカップルがいるんだけど、彼女のほうがめちゃくちゃ食べるのが遅い。彼は付き合いはじめの頃、ずっとそわそわしてた。今は先に食べ終えたらコーヒーを頼んで、彼女が食べ終わるまでスマホも見ずに待ってる。何が変わったのか聞いたら、笑いながら言われた。
「待ってる時間、けっこう好きなんですよ。この人、俺のこと急かさないんで」
やられたなー、と思った一言でした。

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